松阪市

最勝寺の六地蔵石幢 松阪市嬉野黒野町

明治十一年(1878)嬉野黒野町 在所の中を南北に県道が通っている この道を毎日仕事に通っていた頃がある 県道とはいえ車一台通るのがやっとの狭い道だったが 通勤ドライバーは慣れたもので 要所要所で車を停めて譲り合いながらスムーズに行き交って...
松阪市

宮古の六地蔵石幢 松阪市嬉野宮古町

元禄十四年(1701)県道松阪久居線を行き雲出川の支流中村川を北に渡ったところに忘れ井の宮古の里が拡がっている 私が勤め始めた頃は小川橋が現在より少し下流にあって その橋を渡って旧初瀬街道が宮古の在所を縦断して伸びていた 街道から集落の中に...
伊勢市

欣浄寺の六地蔵石幢 伊勢市一之木

室町後期三重県内の六地蔵石幢を追いかけています 当初は30基程度だろうかと考えていたのですが 想像以上に多く見つかります 奈良県内には数基しか見られないことを思うと 三重県内の六地蔵石幢の多さには特別な事情があるのだろうと思えますが はっき...
伊勢市

大林寺の六地蔵石幢 伊勢市古市町

室町後期油屋騒動京の島原 江戸の吉原とともに三大遊廓のひとつと呼ばれた伊勢古市今ではその面影を残すものは多くありません安政八年(1796)古市の伎楼油屋で27歳の町医者孫福斎(まごふくいつき)が遊女お紺(16歳)への嫉妬から起こした刃傷事件...
明和町

薬師寺の六地蔵石幢 明和町八木戸

室町時代明和町八木戸 笹笛川と祓川に挟まれた海辺の在所だ神宮に捧げる土器を焼くための土をとったことから『焼土』と呼ばれるようになったというから古代から続く古い土地である河口に広がった沖積地の中央に小さく集落が固まっていて その一角に薬師寺と...
伊勢市

天神丘墓地の六地蔵石幢 伊勢市字浦田

江戸前期伊勢の図書館は時々行く場所だ 市史や町史を漁っての情報収集するのが主な目的で 半日ほどをそこで過ごすことがあるすぐそばに天神丘墓地があるのだが訪ねてみたことはなかったそこに石幢が立っていることは知っていたがいつでも行けると油断してい...
伊勢市

松下墓地の六地蔵石幢 伊勢市二見町松下

延宝九年(1681)伊勢市二見町松下 蘇民将来を祀る松下社が氏神です 集落は松下社から1kmほど離れた山手にあります 国道42号線松下交差点を南に入り 参宮線を越えてしばらくいくと松下川です 右手に伸びる川の流れは少し先で五十鈴川派川と合流...
伊勢市

三津墓地の六地蔵石幢 伊勢市二見町三津

延宝元年(1673)伊勢市二見町三津町の南辺に沿って五十鈴川派川が流れています昔は現在よりも川幅が広く三津湊と呼ばれるほど船の出入りが盛んだったらしい五十鈴川を遡った倭姫が船を止めたのがここであったため『御津』と呼ばれるようになったといいま...
伊勢市

溝口墓地の六地蔵石幢 伊勢市二見町溝口

元禄七年(1694)伊勢と隣接する旧二見町にも六地蔵石幢が多く残されています今では伊勢市と合併していますが 2005年までは度会郡二見町でした二見は伊勢神宮の禊の地でしたが 「溝口」は「ミソギグチ」から転じたものだといいます その溝口の墓地...
伊勢市

荘墓地の六地蔵石幢 伊勢市二見町荘

天和二年(1682)伊勢市二見町荘 海辺には伊勢神宮の神事に使う堅塩を作る御塩殿神社があります 御塩殿神社から西に500mほど歩くと もう少しで荘の外れというところで左手に墓地が見えてきます ここが荘墓地です墓地の入り口に単制石幢が立ってい...