伊勢市

久志本墓地の六地蔵石幢 伊勢市神久

延宝七年(1679)伊勢市神久 「じんきゅう」と読みます神田社のそばにある神久公民館には大永3年銘の重制石幢が残されていますが そこから少し離れた 県道を挟んで北側の久志本墓地でも江戸時代の単制石幢を見ることができます 延宝七巳未年七月八日...
伊勢市

大世古墓地の六地蔵石幢 伊勢市大世古 

慶安五年(1652)伊勢市内には市街地の真っ只中に広大な墓地があって驚かされることがある 中勢の他の地域にもあまり例がないのではないだろうか 伊賀の在所の墓地に比べると何十倍もの広さだ ここ大世古墓地も周囲をぐるりと歩けば5〜600mもあり...
名張市

不動寺の六地蔵石幢 名張市長瀬

安土桃山時代長瀬はひなち湖のさらに上流 名張川沿いの山間部に開けた在所です 古くは伊勢神宮領六箇山の一部でした 六箇山は現在の名張市比奈知 滝之原 奈垣 布生 津市美杉町太郎生 奈良県宇陀郡曽爾村 御杖村にかけて広がる伊勢神宮領です この地...
伊賀市

鍛冶屋墓地の六地蔵石幢 伊賀市鍛冶屋

江戸時代東谷観音寺の門前から右手に伸びる小道を辿っていきます 木立の中をしばらくいくと東山の地割りを越えてすぐ左手に鍛冶屋の墓地があります 土葬墓で所謂「三昧」だった墓地だろうとおもいます 今でも木製の卒塔婆が立てられています 夏草におおわ...
津市

薬師堂の六地蔵石柱 津市美杉町太郎生

南北朝時代末〜室町前期オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ と薬師小咒を書いた紙が掲げてありますが 四角柱の四面に彫られた六地蔵さんです お堂が火災で焼けるまでは秘仏だったそうで 地元では病気平癒の薬師さんとして信仰されてきたそうです...
津市

赤坂墓地の六地蔵石幢 津市美杉町上多気

室町時代上多気の石幢 三重県の石仏を数多く紹介された太田古朴氏は 三重県石造美術の中で「この種石灯中最も保存がよく、細工も優れ、無銘はなんとも惜しいが、代表的作品である」と書いています 同じ三重県内では伊勢市内にも室町期の石幢が数基残ってい...
津市

下多気の六地蔵石幢 津市美杉町下多気

文明十八年(1486)三重県下を石仏を見て歩いているとときおりお目にかかる六地蔵石幢地図で確認すると 伊賀〜美杉〜伊勢と 参宮道に沿って点々と残っていますでは大和路はどうかといえば五條市西福寺や宇陀市西念寺などに四基が残るだけなのですだから...
伊勢市

宇治館町の六地蔵石幢 伊勢市宇治館町

寛永十七年(1640)舘町は五十鈴川右岸のほとんどが内宮の神域にあたる町なのだがそんな町にも六地蔵の石幢が残っている美しい赤御影六角柱の各面に地蔵さんと六道の名が彫られている 市教委が作成した現地の案内板には寛永十七年の刻銘があるとしている...
伊勢市

西鹿海墓地の六地蔵石幢 伊勢市鹿海町

大永六年(1526)伊勢市有形文化財伊勢市内では六基の石幢が伊勢市の有形文化財に指定されていますが そのうちの一基が鹿海町の墓地に残されています 『かのみちょう』と読みます その命名の起源は『倭姫命世記』まで遡るというので古くに拓かれた在所...
津市

信蓮寺の六地蔵石幢 津市白山町南出

宝永四年(1707)津市白山町南出の信蓮寺天文十九年銘の大きな地蔵さんがおいでで何度か写真を撮らせてもらったのだが うかつにも地蔵さんに並んで重制の六地蔵石幢が立っていることに気がつかなかった 幢身に『宝永四年亥年』(1707)の紀年銘があ...