南北朝時代末〜室町前期
オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ と薬師小咒を書いた紙が掲げてありますが 四角柱の四面に彫られた六地蔵さんです お堂が火災で焼けるまでは秘仏だったそうで 地元では病気平癒の薬師さんとして信仰されてきたそうです
正面と裏面に各一体 右と左の面に二体ずつの地蔵さんが彫られていますが 正面の地蔵さん以外は焼け爛れていてほとんど原型をとどめていません
正面の地蔵さんの下部には銘文が刻まれていますが 痛みが激しく読み下すことはできないようです
大洞山の柱状節理をそのままを縦に長く使って上部にだけ地蔵さんを刻んで下部を余白としている点は 石でかたどる「幢幡」として企画されたもののように見えます もしそうならば この地方の単性石幢(八知禅龍寺や家所辰水口など)の起点にある地蔵さんといえそうです
日神墓地の阿弥陀さんや上長瀬庵の阿弥陀さんと同質の強烈な存在感に圧倒されるような地蔵さんです
参考書籍
「美杉村史下巻」P601 美杉村
「三重県石造美術」P264 太田古朴
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